2003年8月11日月曜日

金のかからない勉強会

マーケティングセミナーは有益か

会社の若い連中はマーケティングのセミナーに行きたがる。これがけっこう金のかかるセミナーだったりする。「勉強するのはいいことだ」とほいほい行かせてくれる上司もいる。「そんな暇があったら仕事をしろ」と却下する上司もいる。前の上司はいい上司で、後の上司は悪い上司ということになる。

だがほんとうにそうか?

マーケティングセミナーに行けばマーケティングが身につくのか?それは高いコストに見合うものなのか?

もちろん彼らは不安なのだろう。日常の混沌の中で仕事していると、拠り所となる支柱のようなものがほしくなる。このやり方であっているのだろうか、とか、どこかに正しいやり方があるんじゃないだろうかと思いたくなるのもよくわかる。前回も書いたように、マーケティングが行われているのはとてもひどい環境の下だったりするからね。

しかし、そのマーケティングセミナーが「マーケティングの4Pとは」なんてことからはいるセミナーだったらやめといた方がいい。4P(Product, Price, Place, Promotion)でも何でもそうだが、学問的アプローチというのはそれを自分でまとめる段階がいちばん勉強になるものだ(ちなみにこれはマニュアルづくりも同じ)。少なくとも「学問」でなく「実践」を学びたいのなら、誰かがまとめたものを「学ぶ」ことは絞りかすを食べているようなもので、あんまり身にならないどころかむしろ先に進むための阻害要因になることさえある。ほとんどの人はすでに答えはそこにあると思いこむからだ。そして「実践」とは、現実にあわせて常に革新してゆくことだからだ。

またそのセミナーが、ケーススタディに基づいて実習するタイプのものだったら、やっぱりやめといた方がいい。日常やっていることをシーンを替えてシミュレーションするだけで、新しい考え方を身につけられるわけではないからだ。

と、極論を述べたが、実際にはどちらのセミナーもそれなりの収穫は必ずあるだろう。もちろん果実がそこにあると気づくならの話だが。

だが、「日曜日のマーケティング」を教えてくれるセミナーは、もちろんない。

自分の家の冷蔵庫について語り合おう

問題は何を学ぼうとしているかだ。

マーケティングの方法論なんてものはセミナーで教わるものではない。それは個々の状況に即してどんなアイデアを生み出せるかという実践そのものの問題であり、模範回答などどこにもないからだ。ではそのアイデアはどこから生まれてくるのか。何よりまずマーケティングの「視点」を持つことであり、次にその「視点」に基づいて生活をすること、そして観察すること、そこからアイデアは沸き上がってくる。

では、日常の職場で、しかもただでマーケティングの視点を学ぶ方法をここでお教えしよう。

まず、4、5人で勉強会を結成しよう。そして定期的に会合を開くことにしよう。

そうしたら、第一回目のテーマは、「あなたの家の冷蔵庫」だ。メンバーに順番に自分の家の冷蔵庫にどんなものがはいっているかを話してもらおう。残りのメンバーもただ聞いているだけではなく、疑問に思ったことや不思議に思ったことはどんどん質問しよう。望ましいのは率直な雰囲気、ときどき笑いがはいるようなうちとけた雰囲気だ。

メンバーにもし独身の一人暮らしや家族持ち、DINKS(Double Income No KidS。最近聞かなくなったが、まさかいなくなったわけではないだろう)などが適当に混じっていると面白い。そうでなくても、普段人の家の冷蔵庫の中を見ることなんてまずないから、意外な発見があったりするものだ。

たとえば独身者の冷蔵庫には、特にそれが男性だとほとんど何もはいっていない。彼にとっては、歩いて5分のところにあるコンビニが冷蔵庫の役割を果たしているからだ。だから彼の冷蔵庫は非常にコンパクトだし(そもそも冷蔵庫など部屋にないかも知れない)、彼はコンビニから5分の場所にしか住まないだろう。

また、DINKSの冷蔵庫は冷凍食品が多いかも知れない。平日は二人とも食事を作っている余裕がないので、前の日に炊いておいたご飯と冷凍食品をチンして食べるからだ。そのかわり週末は近所のスーパーへ出かけて食材を買い込み、きちんと料理するかも知れない。そんな彼(彼女?)の冷蔵庫はきっと大きめの冷凍庫を備えているだろう。

わざわざ質問を考えなくても、普通に聞いているだけで自分の冷蔵庫との差異が見えてきて、自然と疑問をぶつけずにはいられなくなる。「ええ?そうなの?何で?」「ああ、そういう風に使ってるんだあ」

また郊外に住んでいる家族持ちは、食べざかりの子供たちを抱えているので、買い物は米国流に週末にまとめてやる。クルマで大きなショッピングセンターに出かけていって、レジャーがてら1週間分の食材を仕入れてくるのだ。そんな彼の冷蔵庫はきっとかなり大型のものになるだろう。

生活の方からマーケティングを見る習慣

冷蔵庫の話を聞いているだけで、その人の食生活がわかり、ライフスタイルが伺える。1回の勉強会が終わったら、必ずレポートを作っておこう。まとめることによって、そこで得た分析や分析の視点までもが定着できるからだ。その役目は持ち回りでやるといいかも知れない。

第二回は「あなたの家のダイニング」。これもやってみると、テーブルにイスの人、低いテーブルに座して食べる人、そこからテレビが見える人、見えない人、さまざまいて面白いし、冷蔵庫と同様にライフスタイルのいろいろな側面が見えてくる。

その他、朝食のスタイル(食べないという人も含めて)だとか、浴室に置いてあるもの、クルマのトランクの中、財布の中(所持金の額ではなく、クレジットカードやら会員カードやらがどんな風に入っているかが見たいのだ)なんていうテーマでもいい。生活の中の誰の家にもあるもの、誰の生活にもあるものを順番に取り上げていけばいいのだ。

この勉強会はけっこう楽しいと同時に、やっているうちに生活の方からマーケティングを見る習慣ができてくる。マーケティングの視点とは、結局生活している人々の、その生活の様子を突き詰めて考えていくところにあるのだということがわかってくる。

その意味ではやはり、前章で述べたように所帯持ちの方が有利であろう。独身の人間は生活(部屋のこととか何をつくって食べるかとかお金の配分の仕方とか)に重きを置かない人が多いからだ。もちろんそうでない人も大勢いるし、特に女性は独身でも生活に気を配っている人が多いだろう。逆に男性は結婚していても生活に重きを置かない人の方が多いかも知れない。だから一概には言えないが、少なくとも普段生活にどれだけ気を配っているかがその人のマーケティング視点の深さを決める、ということは言える(まあどちらにしても、見ようとしなければ何も見えはしないのだが)。そんなこともこの勉強会でわかってくることのひとつだ。

生活の方からは見えないこと

こうした勉強会をやるにしても、やはりマーケティングの基本知識は必要になるだろう。

しかし同じ時間をかけて勉強するなら、4Pだとかよりも優れた企業の実例を読む方がいい。もっと言えば、消費者マーケティングの成功例よりはロジスティクスや事業構造、収益構造(要するにビジネスモデルということだ)なんかに焦点を当てた事例をなるべく探した方がいい。消費者マーケティングの例は雑誌の記事などにもよく取り上げられるし、新聞を読んだりテレビを見ているだけでもある程度わかるが(その程度の情報収集もしていないとすればそれはセミナーだとか勉強会以前の問題だ)、ロジスティクスやビジネスモデルといったテーマは意識して見ていないと、生活の方からは見えないものだからだ。そして、にも関わらずそれらはマーケティングのベースとなる重要な要素だからだ。

そうしたハードの知識を持ちながら、ソフトな生活の発想でビジネスを考える、これが「日曜日のマーケティング」の要件ということになるだろうか。