2004年3月7日日曜日

お客様は神様か

学生の論文から

先日学生の論文をいくつか読む機会があった。

その中で引っかかったのが、「サービスとはできれば提供する方ではなく、受ける方になりたいもの」というくだりだった。

たぶんこれを書いた学生は、サービスを無償奉仕かなにかだと思っているに違いない。どこか隷属関係のイメージで捉えているのだ。

たしかに世の中一般の解釈はそうだろう。だが、どうしてそういう捉え方になるのだろうか。

考えてみれば、日本には「お客様は神様です」という言葉がある。ここにそもそもの勘違いがあるような気がしないでもない。

客の前にひざまずくかのようなイメージがそこにはある。客の言うことは絶対だとばかりに言いなりになる。薄笑いを浮かべながら揉み手で擦り寄る時代劇の悪徳商人のイメージだ(ちょっと言い過ぎか?)。

そんなのはおよそ格好悪いし、できればそんな立場には回りたくないと言うのもむべならんかなという感じではある。

それではサービスとは何か。サービスとはどうあるべきなのだろうか。サービスの定義もいろいろあるだろうが、ここでは「接客」というような意味で使っていくことにする。

サービス=接客の意義

サービス=接客とは、販売に関わる行為であるとともに、実は最大の市場調査の機会ではないだろうか。

多くの企業は多大なコストをかけて市場調査をやっている。 それをいろんな統計的解析にかけるなどして、数字をあれこれいじくり回してマーケティングをやっているつもりになっている。

しかしそんなものは机上の空論というしかない。ほんとうにユーザーのことを知りたいなら、「お得意」をつくれるビジネスモデルをつくること、そして「お得意」の言うことに耳を傾けることだ。そのためには「接客」という最も直接的で豊かな 市場調査の機会を逃してはいけない。

近頃ユニクロのようなSPA(製造小売り)の企業が出てきているのにはそういう背景がある。

販売代理店に「接客」を任せていてはいけない、ということにメーカーが気づきはじめたのだ。流通の方もメーカーに商品企画を任せていてはいけない、ということに気がつきはじめている。それではせっかく得たユーザー情報が商品に反映できないからだ。

インセンティブの害悪

しかしまだまだ販売を代理店任せにしているメーカーや、商品企画をメーカー任せにしている販売店がほとんどだ。

たとえば携帯電話の販売。

メーカー(というか、この場合は通信キャリアということになるが)が端末を供給し、販売代理店が新規の回線契約を取るごとにインセンティブ(販売奨励金)が支給される。この構造では、ユーザーが店頭で販売員とどんな会話を交わそうが、そのリアルな情報はメーカー(キャリア)には一切入って来ない。

おまけに端末を赤字で売ってでも新規回線契約をとればインセンティブで利益を得られる構造になっているから、継続ユーザー(お得意)への配慮も働かない。メーカー(キャリア)にとっては続けて使ってくれる「お得意」でも、販売店にとっては1回限りの客にすぎないのだから(彼らにとっては要するに初回だけが客なのだ)。

この結果、電話番号やメールアドレスが変わることさえ気にしなければ、客は買い替えの度に新規契約し直した方がむしろ安く上がるという馬鹿な話さえ起こる。それだったらキャリアも乗り換えるかということもあるだろうから、このしくみは基本的に「お得意」をつくれない構造になっているのだ。

これは自動車販売にも通じる問題だ。自動車においてもインセンティブがディーラーの収益源となっており、商品そのもので商売をする必要がないために、彼らは値引きを営業活動の武器にする。そこから生まれるのはディーラー間の際限ない値引き競争だ。

そのことは何を意味するか。客は決して特定のディーラーの顧客にはならない。賢い客ほど、買い換えの度にどこで買うのが最も安いかを見極めようとするからだ。そして同一メーカー、同一チャネルのディーラー間でさえ競合が生まれる。

そこからは、「お得意」は生まれないし、客の声に耳を傾けようという姿勢も、客の声を次の商品開発に活かそうという発想も生まれない。営業マンの役割はただ商品を売ることだけだ。彼の脳裏にあるのは、いかに競合ディーラーを出し抜くか、いかに弁舌巧みに客に自社の扱うクルマを買わせるかということばかりだ。

仁義なき値引き競争の結果、さすがに新車販売がもはや商売にならない業態になってしまったことに気づいた自動車メーカーとディーラーは、何とか客をつなぎとめてアフタサービスで儲ける構造へと転換しようとしているが、そもそもの商売の構造が間違ってしまっているから転換もなかなか困難だろう。

インセンティブというものは短期的な拡販効果はあるかもしれないが、長い目で見るとビジネスの構造をいびつなものにしてしまうということだ。

WIN×WIN

大事なのはまず、何度もくりかえし買ってくれるお得意をつくることだ。そしてそのお得意の言葉を直接聞く接点をもつことだ。繰り返しやってきてくれるお得意の声をきちんと聞いていけば、それは最高の市場調査になる。きちんとしたビジネスができていれば、接客とは商品開発とほぼ同義語になるのだ。

きちんとしたビジネスができていれば、接客を伴わない販売でさえ市場調査になる。それを実現しているのがセブンイレブンだ。

セブンイレブンは歩いて5分のところに住んでいる客しか相手にしていない。逆に歩いて5分の範囲に住んでいる客は何度でもセブンイレブンにやってくる。セブンイレブンは彼(女)らが毎日何を買っていくのかをただ「観察」していればいい。地域性も季節性もすべてそこにある。やってくる客の買い物をPOSデータで観察しているだけで、セブンイレブンはいつ(どこで)どんな品ぞろえをすればいいかがすべてわかるのである。

これは商圏や客層、扱う商品のテーマを絞りこんだ企業だけができるマーケティングだ。そこでは客の買い物を観察し、客と会話を交わすことで客のライフスタイルが見えてくる。わざわざ高い金をかけて調査などやらずとも、今何が求められているか、次に何を用意すればいいかがすべてわかるのである。限定された客が繰り返し来てくれるからこそできることだ。

さて話を最初に戻すと、「お客様は神様」というスローガンは、どちらかというとこうした顧客重視の発想よりも、安易な値引き行為の方を助長してしまうきらいがある。必要なのはいわゆる「WIN×WIN」の発想だ。客と自分の両方が得をする道は何か。それは目先の商品をただ売ることではない。長期的な信頼関係をつくることだろう。

このような考え方にたつと、逆に「自分は神様である」と考える消費者もまた、損をすることになる。自分が望むのは何かをきちんと相手に伝えることが、自分にとっても価値のある商品やサービスを享受することにつながるのだから。

「自分は客だ。俺のいうことが聞けないのか」と怒鳴っている客は、そういう態度が企業との健全な関係を破壊して いることに気づかないのだろう。

これからは客の方の姿勢も問われることになりそうだ。