2004年9月19日日曜日

変わり続けるアメリカ小売業(石原 靖曠著、商業界)

私がはじめて流通に関心をもったのは、島田陽介氏の「パワー・センターの時代―本物のディスカウント・ビジネスが全産業を動かす」(ダイヤモンド社)を読んだときでした。

パワー・センターの時代―本物のディスカウント・ビジネスが全産業を動かす パワー・センターの時代―本物のディスカウント・ビジネスが全産業を動かす
島田 陽介

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パワー・センター

パワーセンターとは、米国で誕生した流通の一形態です。今となってはその衝撃もだいぶ薄れてしまいましたが、1990年初頭の日本ではこの概念はなかなか新鮮でした。

パワーセンターを説明するためには、まずカテゴリーキラーについて説明する必要があります。カテゴリーキラーとは、その分野で圧倒的な品ぞろえと圧倒的な低価格、それゆえに圧倒的な集客力をもつ大規模ストアのことを言います。
玩具におけるトイザラス、DIYにおけるホームデポ、オフィス用品におけるオフィスデポ、家電におけるベストバイ
などといった企業があります(このうちトイザラスとオフィスデポは日本にも進出しているのでなじみがありますね)。

これらの店がショッピングセンターの近くに出店すると、ショッピングセンターのテナントとして入居している百貨店のおもちゃ売場やDIY用品売場や文房具売り場や家電売り場が成り立たなくなってつぶれてしまうために、カテゴリーキラーと呼ばれるようになったと言われています。

パワーセンターは、複数のカテゴリーキラーによって形成されたショッピングエリアのことを指します。単体でも爆発的な集客力を持つカテゴリーキラーが集まっているのですから、パワーセンターの集客力は驚異的です。

その集客パワーゆえ、パワーセンターは戦略的に都市部からかなり離れた立地を選択するのが普通です。利便性の低い立地でも彼らは十分人を呼べます。逆に、辺鄙な場所で広大な土地を安く調達することで圧倒的な量の陳列を可能にし、それによってさらに多くの客を集められるのです。

そこには、消費者ニーズへの適合と高い収益性とを高レベルでバランスさせようとするダイナミックな戦略がありました。

メンバーシップ・ホールセール・クラブ

カテゴリーキラーの源流は、1970年代に生まれたメンバーシップ・ホールセール・クラブ(MWC)という業態に遡ることができます。MWCとは、日本にも最近
コストコが進出しましたが、要するに会員制の倉庫型ディスカウンターです。

この業態の革新性は、商品価格のうち大きな比率を占める物流コストや管理コストを徹底的に削減したことにあります。そのために彼らは倉庫をそのまま店舗にすることを思いつきました。

飾りっ気のないだだっぴろい店舗には倉庫用のラックが並んでいます。ラックの上方がストック用スペース、下方が客用のテイクアウト用スペースとなっています。
メーカーから出荷された商品は物流センターを介さず直接店舗に配送されます。しかも、商品はトラックから降ろされるとパレットごとフォークリフトで売り場に直接補充されます。

こうすることによって物流センターや倉庫を建設する費用も管理費も要らなくなりますし、いったんストックされた商品をチェックし、必要に応じてまた運び出す手間も不要になります。

売り場には演出もPOPも何もありませんから、そのための手間やコストもかかりません。客はラックから、たとえばコカコーラをケースごとカートに積んでレジに持っていきます。レジでは包装も配送もしません。持ち帰るのに箱が欲しければ、レジの横に積んである廃段ボールを勝手に持っていくだけです。

MWCはもともと自営の飲食店主や小規模オフィスなどをターゲットとしていたので、ここではまとめ買いが前提になっています。コカコーラもバドワイザーもケース単位で売られています。バラ売りはありませんし、ブランドも名の知れたナショナルブランド1種類に限られています。こうした商品は誰もが知っていていちいち店員が説明する必要がありませんし、目立つように陳列に工夫を凝らすなどの手間も要りません。

そんなわけでだだっ広いフロアにはわずかの店員しかいませんが、客が売場に備え付けられている呼び出し用ボタンを押すと、どこからともなくローラーブレードをはいたお兄さんかお姉さんが現れる、というしくみになっています。

このように、考えられるかぎりのあらゆるコストを切り捨て、合理性を徹底したのがMWCです。そしてそれゆえMWCは圧倒的に安い価格で商品を提供することができたのです。おまけに価格には利益が上乗せされていません。MWCは会員制をとっていて会員費で利益をとる構造になっているので、メーカーからの卸価格に限りなく低い物流コストを上乗せしただけの値段が店頭価格となっているのです。他の業態が太刀打ちできるはずはありません。

こうしたMWCの革新的な売り方に対し、本来のターゲットであった自営層や小規模オフィスだけではなく、週末にまとめ買いをするアメリカの一般家庭の多くが殺到し、MWCの大躍進を支えたのでした。

進化する業態

誕生から20年以上を経たMWC業態はすっかり成熟期にはいり、プレイヤーもコストコとウォルマート傘下のサムズの2社にほぼ集約されました。しかしその画期的なフォーマットは、先に紹介したカテゴリーキラーに発展的に継承されたのです。

MWCの低コスト構造をそのままに、取り扱うカテゴリーを絞り込むことによって品ぞろえの深さを追求するという、言わば別の方向に競争力を高めたのがカテゴリーキラーであると言えます。トイザラスは子供用品というカテゴリーでの品ぞろえの幅と深みを追求しました。ホームデポはDIY用品というカテゴリーでそれを追求しました。その結果、それぞれのカテゴリーにおいて他のどんな業態も太刀打ちできない強力なフォーマットが誕生した、というわけです。

さて、本の紹介がすっかり遅くなりましたが、こうした米国流通業界のダイナミックな発展の様子をわかりやすく整理して教えてくれるのが「変わり続けるアメリカ小売業」です。

ここでは、MWCからカテゴリーキラー、パワーセンターへというラインを中心に紹介してきましたが、百貨店を核としたリージョナル・ショッピングセンターからスーパーリージョナル・ショッピングセンターへの発展、そしてそれを打ち破るかたちで登場したパワーセンター、というラインも考えられます。また、最近西友への出資というかたちで日本上陸が騒がれているウォルマートなどのディスカウントストアとその発展形としてのスーパーセンターというラインについてもこの本は詳しく教えてくれます。

アメリカの流通業がこのようにダイナミックな展開を見せるのは、最小限の制約で大規模な実験を行うことができ、端的な結果を得られる広大な国土の存在や、週末にクルマを何十キロも飛ばしてまとめ買いをする郊外のライフスタイルなどの特殊な条件によるところが大きいでしょう。実際コストコにしてもトイザラスにしても、そうした条件が十分にそろわない日本でのビジネスは、上陸当初こそ話題になったものの、その後は本国で見せたほどの衝撃力を発揮できないでいます。

米国で成功した業態が普遍的であるとは決して言えないということでしょう。ヨーロッパで成功を収めたフランスのカルフールがやはり日本では苦戦していることからも、アメリカに限らず流通の世界は国や地域の事情に特化し、それに最適化することで生き残っていく世界であり、したがって業態の単純な輸入はもちろん翻訳さえも難しいということがわかります。

それでもなお、米国の流通業のゆくえをウォッチすることに大きな意味があると思うのは、それがひとつの極限だと考えられるからです。消費者のニーズを突き詰め、ありうる収益構造を突き詰めた地点に米国流通業のそのときどきの姿があるのだとすれば、それは一種の思考実験のようなもので、マーケティングの可能性の極限を私たちに示しているのだと思われます。


【表】米国の小売業30(2003年)
順位 社名 業態
1 ウォルマート・ストアーズ DS
2 ホーム・デポ ホームセンター
3 クローガー スーパー
4 ターゲット DS
5 コストコ MWC
6 シアーズ・ローバック GMS
7 アルバートソンズ スーパー
8 デル 通販
9 ウォルグリーン ドラッグ
10 JCペニー 百貨店
11 セーフウェイ スーパー
12 Kマート DS
13 ロウズ ホームセンター
14 シスコ MWC
15 CVS ドラッグ
16 ベスト・バイ カテゴリーキラー
17 スーパーバリュー スーパー
18 パブリクス・スーパー・マーケット スーパー
19 ライト・エイド ドラッグ
20 フレミング 複数業態
21 フェデレーテッド・デパートメント・ストアーズ 百貨店
22 ギャップ アパレル
23 メイ・デパートメント・ストアーズ 百貨店
24 ウィン・ディキシー・ストアーズ スーパー
25 TJX アパレル
26 ステープルズ カテゴリーキラー
27 オフィス・デポ カテゴリーキラー
28 トイザラス カテゴリーキラー
29 C&Sホールセール・グループ MWC
30 マイヤー ハイパーマート
日本小売業協会(http://www.japan-retail.or.jp/)サイトより、
「世界の小売業TOP100リンク集(2003年現在)」の米国企業のみ抽出して作成
※略称:DS=ディスカウントストア、MWC=メンバーシップ・ホールセールクラブ、GMS=グロス・マーチャンダイジング・ストア
MWC業界2位のサムズの売上げはウォルマートに包含されているため、ランキングには登場しません。