6.リーン・エンタープライズ
「リーンエンタープライズ」とは何か。
ウォーマックとジョーンズは、その核心を(価値の定義、価値の小川、流れ、プル、完全性という)5つの原則に整理している。詳細は原典をあたっていただきたいが、そのポイントを大胆に要約して2つにするなら、こうなるだろう。すなわち、第一は「顧客にとっての価値とは何か」を見通すこと、第二はその価値をよどみなく顧客に届けること。
「顧客にとっての価値を見通す」とは、メーカーが送り出す製品の仕様に沿って「価値」を定義するのではなく、あくまでも顧客が受け取る最終的なベネフィットの方から「価値」を定義するということだ。
それは多くの場合、製品がどういう機能を持っているかということよりも、顧客を取り巻く状況の中でその製品がどう位置付けられ、どう機能するか、ということを表す。
たとえば、パソコンの価値は必ずしもハードウェアのスペックの優劣ではないし、プリインストールされたソフトウェアの多寡でもない。顧客がどんな目的、どんな状況でパソコンを必要としていて、製品がそれらに(値段も含めて)どれだけ適切に応えられるかということがパソコンの価値でなくてはならない。スペック的にはきわめて貧弱なハードウェアしか持たず、ソフトウェアもほとんど入っていないネットブック(wikipedia:ネットブック)が、この数年間で急速に市場を獲得したのはまさにそういうことだった。ハイスペックな代わり値段が高すぎるパソコンや、高機能な代わり大きすぎたり重すぎたりするパソコンは、時として価値を生まないのだ。
さらに言えば、パソコンの価値は決してパソコンという製品単体の問題にとどまらない。たとえば、注文から配送までの迅速さや初期設定サービスの有無、万一不具合が生じた場合のサポートのあり方、増設モジュールの入手しやすさなど、製品を取り巻く販売とサービスの全体が総合的な価値を形成する。このことが「リーン・エンタープライズ」の第二のポイントであって、要するに、顧客視点で定義された価値をまっすぐにその最短距離を通って顧客に届けるにはどうしたらいいか、それを考えろということだ。
実際には、ビジネスの複雑に絡み合った利害構造の中では、こうした視点は後回しにされるか、結局忘れ去られてしまうことが多い。たいていの場合、価値を顧客に届けるためのプロセスは、製品を生産するメーカー1社で成り立っているわけではない。そこには、販売会社や運送会社、部品供給会社、修理会社など複数の主体がそれぞれの利害を持って関与している。そして、その継ぎ目には必ずと言っていいほど「バッチ処理と待ち行列」が発生するのだ。それらがうまく繋がらないかぎり、総合的な価値を、顧客に向かってまっすぐに届けることはできない。
トヨタ生産方式に立ち戻って考えるならば、ひとつの工程・ひとつの工場だけが在庫の一掃に成功してもそれだけでは意味がない。工程と工程、工場と工場の繋ぎ目に在庫が生まれたのでは意味がないのだ。素材から最終組立てにいたるすべての工程・すべての工場から在庫が一掃されなければ最終的なコストは低減されないし(工場を出た瞬間、工場内の努力は充満するノイズに掻き消されてしまうだろう)、不良品を早期に発見するためのしくみづくりにもつながらない。
そのことは、工程や工場の都合で価値を考えるのでなく、常に総合的・全体的な観点から(つまり顧客の観点から)価値を捉えよという意味で「リーン・エンタープライズ」の第一のポイントにつながってくるし、価値を顧客に届けるために全工程・全工場を(そのつながりを)最適化せよという意味で、第二のポイントにつながってくる。
それでは、次に「リーン・エンタープライズ」の観点から現実の世界を眺めてみよう。そして、そのどこに「バッチ処理と待ち行列」がひそんでいて、それらをリーン思考で捉え直してみたときに何が起こるのかを見てみよう。