2010年8月2日月曜日

個客代理人7--もう広告もプロモーションもいらない?

7.空の旅とリーン思考

たとえば、とウォーマックとジョーンズは言う。


休暇を海外で過ごすため、ぼくたちは2時間も前に空港に行き、チェックインカウンターに並ぶ。手荷物検査と身体チェックでゲートを何度もくぐり直しさせられ、出国審査で足止めを食い、搭乗ゲートの前でアナウンスを待つ。ようやく飛行機に乗ると、離陸が遅れるという(いつもの)アナウンスがあり、滑走路までの長いタキシングがあり、そして離陸の順番待ちの行列に加わる、という具合だ(飛行機が飛び立つまでの間にぼくたちは何度行列をつくるだろうか)。


航空会社に言わせればそれは仕方のないことだ。


できるだけたくさんの客を効率よく運ぶには、巨大なハブ空港どうしを大型ジェット機でつなぎ、そこから放射状に伸びるローカル線で地方へ行く客を振り分けていくのが最も合理的な方法だ(これを「ハブ&スポーク」方式という)。

このやり方でいくと、乗客は目的地まで行くのにかなりの回り道を強いられるケースも出てくる。それでも、とにかくハブ空港まで行かないことには目的地に向かう飛行機に乗れないとなれば、旅行客はそれに従う他はない。

この方式のもうひとつのネックは、世界中から旅客が集まってくるハブ空港が必然的に大混雑になるということだ。空港内は人間で溢れ、滑走路と上空は飛行機で溢れ返っているというのが、世界中のハブ空港の日常の風景だ(それも実際は特定の時刻に限っての話なのだが)。

それでも、空港内の混雑も滑走路や上空の混雑も自分たちの管理の範疇ではない、と航空会社はそう主張するだろう。私どもはただ、最も効率的な方法でお客様をお運びするだけですから、と。


そこにあるのは大量生産の工場の思考だ。


彼らは、できるだけ多くの旅客をできるだけ安いコストで輸送するという観点からスタートして、ビジネスを組み立てる。そのために彼らがとるのは、大量の旅客を一度に運べる大型ジェット機を大量に調達することであり、次にその高価な資産を最大活用できるよう飛行計画を立てることだ。ハブ&スポーク方式の採用は、そこから生まれてくる必然的な結果と言える。

だが、それは典型的なバッチ処理の発想ではないだろうか。工場の稼働率を最優先に、一度にできるだけ大量の部品を作り、ストックしておくやり方とそれは変わらない。

何のことはない、工場内のあちこちに積み上げられた部品在庫の代わりに、空港内でストックされ、バッチ処理で次の工程に流されているのは、他でもないぼくたち人間だったのだ。唯一異なるのはぼくたちが「自分で仕分けができる人間貨物」(「リーン・シンキング 改訂増補版」より)であり、「巨大な空港の中をさまよい次の飛行機便を探す」(「リーン・シンキング 改訂増補版」より)ことができるということくらいだろう。


すでに米国のサウスウェスト航空が、ハブ空港を使わず、ローカルな空港どうしをポイント・ツー・ポイントで結ぶビジネスで成功を収めて久しい。今では、世界中で多くの格安航空会社がこれに続いている。

彼らは大型ジェット機の代わりに比較的小型で安価な飛行機を導入している。それを単一の機種に揃えることで整備の工数を省くとともに、小規模なローカル空港を使い、搭乗プロセスを簡素化することで飛行機の到着から出発までの時間を大幅に短縮している。いずれも大量(バッチ)処理と待ち行列からの脱却だ。


しかしそれは第一歩にすぎない、とウォーマックとジョーンズは言う。


空の旅行には、航空会社以外にも実にたくさんの会社や人が関与している。旅行代理店、空港の警備会社、入出国審査官、管制官、空港の運営会社、飛行機の整備会社(航空会社からのアウトソーシング)、空港に乗り入れているバス会社やタクシー会社…。

これらの会社やそこで働く人々が、「リーン・エンタープライズ」の思考方法に沿って、旅客を主役とし、旅客にとっての旅行体験全体を見通してサービスを考えることはできないだろうか。あくまでも移動のための道具でしかない空港や飛行機といった個々の資産を前提に、それらを効率的に運用する視点からのみビジネスを構築するのではなく、1人1人の旅行客の視点から彼らの旅行全体を最適化する、その所要時間や快適性、安全性や料金を指標として、旅行というサービスの全体を「リーン」化することはできないだろうか。


たとえば「チェックイン係が一人で荷物チェック、関税・入出国手続きとチェックインをすべて処理して、旅行客がそのまま搭乗エリアか飛行機そのものに乗り込むようにできないだろうか・・・(到着地の)空港の入出国や関税当局は、(出発地の)空港で旅行者のチェックイン時点でパスポートを読み取ってもらって、旅行者が移動中の時間で誰を入国させるべきかを決めることはできないのだろうか」(「リーン・シンキング 改訂増補版」より)


問題は誰がそれを考えるかだ。そして誰がそれを実現できるもっとも近い位置にいるかだろう。